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20.
知足
(たるをしる)
平成になって20年になろうとしています。 でも、この20年は大変おおきな様変わりの時代であったと思います。
ひとつひとつ挙げればきりがありませんが・・そのひとつに
“人として基本的に備えていなければならないと思われる徳目の欠如”
を挙げることができると思います。
そして、彪さんは 最近、何かにつけて この「知足」と言う言葉を思い出すことが多くなりました。
・・・などと言って 彪さんが徳目などを語ることが出来るわけがありません。
これから書くことは 円文寺で徹道万拙居士が ある入門者の質問に答えて解説してくれたものです。

”足るを知る、 ・・それはね 盥(たらい)の水を手前へ引き寄せることだよ。”

と言うのです。
なるほど そうか~!! と感じ入った言葉でした。
盥(たらい)の水・・・風呂桶の水でも好いです。海の水でも好いです。
・・そんなことは如何でもいいです。
”手前に引き寄せる” ところが大事です。

貪欲に引き寄せても 水は指の間からどんどん逃げて行きます。
・・・・・・そこでっ
 ” 「どうぞ!」 っと向うへ推してみたらどう? ”

というのが万拙さんの提案でした。

手前の水は減ることがありません。水が戻ってくるのです。
それも “美味しい水になって戻ってくる” と言うのです。

なぜ美味しくなるのでしょうか?
それは ”足るを知った” からなのではないか と彪さんは思います。

・・・・平成19年10月16日

19.
一超直入
(いっちょうじきにゅう)
平成19年丁亥年となりました。 「いのしし」と言うとやっぱり「猪突猛進」のイメージですね。今年の年賀状にはそれとよく似た言葉として 「一超直入」を用いました。
「一超直入」・・・”大きく一跳び、まっしぐらに入り込む!” そんな状況を見事に表していると思うからです。
それも単なる跳びではなく ”何かを超越する跳び” なのですよね。さて一跳びして何を超えどこに入り込むのでしょうか・・・・「一超直入」は「如来地」と続きます。

一超直入如来地・・(いっちょうじきにゅうにょらいち)・・
如来といえば阿弥陀如来、大日如来、釈迦如来、と、、
言ってみれば最高位の仏さまのこと。
如来地、如来の住むところ、へ跳び込む!!
煩悩の世界を超越して,如来と同じ境涯で暮らすのだ!!

禅では
 ”自分自身の中、この身の中に如来を見つけ出す”
 ”自分自身が如来と同じなのだ”
と言われています。

本当にそうなの? 信じられなぁ~い!!
でもそれが実感できたら、それが体得できたら、どんなにか平穏で豊かな毎日を送ることが出来ることでしょう!!

そのためには 「一超直入」 決死の一跳びをしなくてはならないと言うのです。そしてその一跳びは坐って坐って坐り抜いてするのです!!
彪さんはそれが出来ないままに日々を送ってきました。
”なぁに 今いるこの世が如来地なのさ、別にわざわざ跳び込まなくても もうその中に居るのさ!”
ということにして・・・
「猪突猛進」には”無謀”という側面も感じられます。「一超直入」にはそれがありません。彪さんはこちらのほうが好きです。

・・・・平成19年1月2日

18.
吾心似秋月碧潭清皎潔
(わがこころしゅうげつににたり、へきたんきようしてこうけつ)
平成18年10月中秋の名月が近づきました。
先日 仕事帰りに書店に寄りたくて通り抜けたJR名古屋高島屋11階。たまたま掛け軸の特売をしてたので何気なく立ち寄ってしまいました。
日本画、水墨画、墨蹟、・・・名品ぞろいのそのなかで目に入った一円相。円の繋ぎのあたりに人物を入れた構図が新鮮でした。
なんでも染めの絵付けをしておられる方の作品とのこと。流石だな~と思いつつ、その構成を拝借したくなりました。
「吾心・・」を描きたくて・・・
「吾心似秋月碧潭清皎潔」・・よく知られた寒山詩の一節です。
山中に隠遁し心豊かに過ごした寒山の澄み切った心がうらやましいほどに美しく詠われています。
そして この語は当然寒山の画に讃として添えられることが多いです。

しかし、ここでは人物として布袋さんを描いてみました。
だらりと手を下げて巷間をゆったりと歩いた布袋さん。
子供たちと戯れ、多くの人と交わり呵呵大笑。屈託の無い布袋さん。
その心はきっと寒山に劣ることなく秋月の如く澄んで欠けること無く円かに輝いていたに違いないと思うからです。

鏡のように澄んだ水面に静かに揺れる月影。天空の月と呼応して至福の妙景ですね。

そんな風情の中に身を置けば 少なくともそこに居る間だけは この彪さんでも自ずから心が皎皎と輝きを増し静寂安堵の世界に遊ぶことが出来るかも知れません。
何時もそんな風情の中に身を置いておきたいですね。そうしたら境涯も進むことでしょう。

とりあえず・・・一年に一度 この「吾心似秋月」を思い起こすことにいたします。

・・・平成18年10月3日

17.
金鶏報暁五更前
(きんけい あかつきをほうず ごこうのまえ)
平成17年乙酉年となりました。
以前から鶏にちなんだ語として「鶏鳴五更天(鶏は五更の天に鳴く)」 というのを知っていましたが、もうすこし良い語はないかと思い禅林句集を調べていて この語に辿り着きました。
「五更」は夜を五つにわけて現すときの最後の時刻 明け方3時~5時頃 の事だそうです。

「鶏鳴五更天」・・鶏は明け方に鳴く
当たり前のことで 珍しくもありません。・・・
ところがこれが実は大変なことで 毎日決まって夜明けと共に鳴くこの自然と一体となった規則正しい生活は見習うべき事ではないでしょうか。
現代生活のなかで慌ただしく過ごしている彪さんにとっては大変に難しいことです。どうしても不規則な生活に陥ってしまいます。朝も苦手です。
「金鶏報暁五更前」・・金鶏は五更の前に鳴くとあります。
鶏の中の鶏 秀でた鶏 はまだ明けやらぬのに他の鶏に先駆けて声を発するのです。勿論 早すぎるようなことはありません。
ものごとをいち早く察知し行動に出る この働きは並大抵の事ではありますまい。
百人一首の名人は読み上げの声が聞こえる寸前に手が動いている と言います。
武術の達人には「先(せん)の先(せん)」という 相手の心の動きを察知する秘術が備わると言います。

何事に付けても 事が起こってしまってからあたふたすることの多い彪さんには望むべくもない事です。
事が起こった時 的確な対応が出来なくて 後から 「あぁすれば良かった」「あれは以前にこうして解決しておいたじゃないか」 と思いをめぐらし 相当に時間が経たないと考えがまとまって来ないのです。
そして「もう今更遅すぎる!!」となること甚だしいです。
変化を素早く察知するためには自分を研ぎ澄ませて置くことが大切なのでしょうね。
彪さんには出来そうにありません。
察知が無理なら せめて最初の対応が適切に出来るようになりたいと思います。その基盤は 「鶏鳴五更天」生活を正す事 から創られるのかもしれません。

・・・・平成17年1月2日

16.
随處作主立処皆真
(ずいしょにしゅとなれば、りっしょみなしん)
この語も 常に心がけたい語としてまえまえから頭の隅に入れている語です。
「どこにいても主体性を失うことが無ければ、何時もそこに真実が具現している。」
とあります。なかなかむつかしい詞です。彪さんは ほとんど実践できていません。
もう一度心に刻み直しておきたいと思って、昨年中国旅行の折りに落款に彫って貰いました。

主体性 これがなかなか掴みがたくまた上手く発揮できません。
主体性を持って行動しているつもりが ややもすると「自我に基づく行動」に成っています。そして、それでもなお「主体となって動いている」ように錯覚してしまうのです。
それに主体と言うことそのものが良く解らなくなってしまって・・・
児童虐待や誘拐、自己中心的で衝動的な犯罪、どれもこれもエゴを自己と勘違いして起こしているとしか思えません。真の主体を見失っているように思われます。
先に”主人公”について書いてみました。
「作主」とは
「”主人公”としての自己をしっかり自覚しておいて、その”主人公”で居れ」
と言うことではないでしょうか。
そして もう一つ むつかしい事があります。それは随所と言うことです。
何処でもどの様なときでも・・・どうしたら随所に主となる事が出来るのでしょうか?
皆さんはどの様にしておられるのでしょうか?
嬉しいときでも有頂天になってしまうことはなく、悲しい時でも打ち拉がれてしまうことはなく、怒かるときでも怒かっている自分を宥めつつ、・・・
彪さんは「水随方円器」で在りたいと思っています。
そうは想って居るのでですが・・でも・・相変わらず 右往左往の日々が続いています。

・・・・平成16年2月12日

15.
水随方円器
(みずは ほうえんのうつわに したがう)
昨年から今年、今年から来年。 彪さんにとって いろいろと変化の多い年です。
殊に仕事の面で 今までにない変化をする必要に迫られています。
未経験の製品との関わりが始まったり、新しい職場に所属を変えながら今まで行ってきた仕事を続けることになったり、相変わらず出張は多いですが 通勤の様子も変わりました。
そんな 変化に順応してやって行かねばなりません。
さて、この語は 特別に説明をすることは無いでしょう。
水は 本当に 自由自在。四角い器には四角くなって、円い器には円くなって入って行きます。
人も 水のような自在さがあれば どのような変化にも対応し順応して行けるのでしょうね。

器が円いのに 三角のままで入ろうとして、ギクシャクしたり、悩んだり、
・・・挙げ句の果てには 世間を騒がせることにまでなって・・・
難しいのは 在るべき姿 を いち早く 読みとってその姿になって行く事でしょうか?
時として ”本来在るべき姿” は変化してしまいます。そして ”今 自分が持っている在るべき形” と食い違いが出来てしまいます。
その食い違いに踊らされてしまうことの無いようにしたいものです。
そんな意味で このごろ つくづく「水のように柔らかい姿で在りたい」と思います。
”有るべき様にある”。 彪さんもしばらく葛藤が続きそうです。

・・・平成13年6月24日
<蛇足>ここに添える画には悩みました。結局この画にしましたが・・・・
この画は 通常 禅の深淵に行き届いた先達たちが その境涯を表現したりする時、
「言葉で言い表すことの出来ない 微妙な事実 真実」
を現したい時、によく描かれます。彪さんには その力量がありません。こんな処で使うのがやっとです。
ところで ある禅の先輩から「彪 お前 この画をなんと読む!」と問いつめられた事がありました。
「これはなぁ こう読むのだ!」・・・こうだ!!
・・・平成13年6月24日

14.
主人公
(しゅじんこう)
昨年 彪さんは技術者として今まで経験してきた事のない機械を担当することになりました。優秀な先輩が設計し、優秀な工場が協力して作り上げ、そしてお客さんの秀でた技術陣の世話を受けて10年余をかけて育て上げられてきた機械です。一から勉強しなくてはなりませんでした。
「こういう時は白紙に戻ってしまうのが一番良い」と考えてこれまで蓄えてきた知識や経験を棚に上げることとしました。
そして お客様、協力工場、そして先輩から 色々と学びました。
でも 素人です。 まごまごすること度々でした。時には自分を見失いかけたこともあります。
これまでの経験などでは対処できない事なのに 経験や知識がニョキニョキと頭を持ち上げて来ているのです。
白紙になることにしている筈なのにです。
そんな時 この「主人公」という語がよく自分を引き戻してくれました。

中国の彦(げん)和尚は常々「主人公!」と呼んでは 「は~い」と自分で返事をなさっていたそうです。
:「主人公!」「はい!」
:「ちゃんと目覚めて居るか!」「はい!」
:「いつ何時といえども 人に騙されるではないぞ!」「は~い!」
と自から問いかけ 自ら応えて見えたのです。

禅で言う「主人公」は 映画や小説などの中心人物 では無いのです。他人のことではないのです。ここに居る自分自身のことなのです。
しかも 善悪や 好き嫌いや 美醜や・・・そういった差別を すべて乗り越えた普遍的な自分 なのだそうです。
初学の彪さんには 彦和尚の深く高い境涯は 想像だにできません。でも 和尚を真似て「彪さん!」「は~い!」とやることは出来ました。
そして いつの日にか 「主人公!」「は~い!」と言って見たいと思っています。

・・・平成13年2月4日

13.
小田井人足、小田井仕事
(おたいにんそく、おたいしごと)
去る9月12日 100年に一度の大雨で名古屋の周辺あちこちで水害が起きました。
丁度マレーシアに出張中だった彪さんは 日本から届いた新聞の写真を見て びっくりしました。
枇杷島の街が車の屋根が沈むほどの水に浸かり、ボートで救援活動をしているのです。
またか!! あの伊勢湾台風の記憶が蘇りました。
丁度大学1年でした。何体もの屍を見ました。地獄でした。
さて、名古屋城 城下町の北の端を西に流れ南に下る庄内川、その北側に枇杷島と並んで小田井という町があります。
この言葉は 枇杷島や小田井の被害を見て思い出しました。
彪さんの畑はその枇杷島の北に位置する田園地帯にあります。そこに住んでいた幼い頃によく耳にしました。
庄内川の北や西の村で 自分を謙遜して 或いは 人を小馬鹿にして
「小田井人足だでいかんわ」
と言うのです。

庄内川は江戸時代にも時々決壊の危険に晒されたようです。周辺の村々では人手を集めて堤防を守ります。勿論 小田井でもです。

しかし、小田井では いよいよ危ない と言う時になって・・ これからしっかり守らなければならない時になって・・・
自らの手で堤防を切らなければなりませんでした。

「御城下を守るために北側の堤を切れ!」尾張藩からの命令です。
”小田井人足” は ”いざと言う時に役に立たない”、”力が無い” という事をょっと皮肉って言っている言葉のようです。

小田井の人はどうしたのでしょうか? すぐに命令に従ったのでしょうか?
・・・いえ、待ったのです。
ぎりぎりまで・・・・
雨が小止みになるのを・・・
川の水位が下がるのを・・・
”小田井仕事” は ”ぐずぐず仕事”、”のろま仕事” なのです。
彪さんも仕事が ”のろま” の方で、よく ぎりぎりまで手をつけないことがあります。でも ”小田井仕事” ではありません。
「御上の言う事はわかるし命令に従わなければならない!・・・しかし 村も守らなければならない! 守りたい!」
そんな 心の葛藤が彪さんには無いのです。 ”単なるのろま”なのです。

・・・平成12年10月26日

12.
不是一番寒徹骨 爭得梅花撲鼻香
(これ いちばんかんの ほねにてっせずんば
 いかでかえん ばいかの はなをうって かんばしきことを)
20数年振りに滋賀県長浜市の 「盆梅展」を楽しみました。
樹齢400年を越す 古木が 今もなお鉢の中で花を着け 芳香を漂わせています。
苔むし空ろが出来た幹 それでも水を吸いあげ花を咲かせる姿は 古武士 といった所でしょうか。
元々は近江高山という雪深い山村の 更にその山奥で朽ちかかっていたものを
鉢に移して慈しんで育てたものです。

さて、この語は くどくど説明する必要がありません。
その通りですから。
寒が厳しければ厳しいほど・・・・梅は より芳しさを増します。
春を待ちわびる心が、そして春の兆しを喜ぶ心が より大きいからなのでしょうか。
そして・・寒を一度ならず400回も経てきた姿は そこに在るだけで周りを感嘆せしめます。
辛い時でも春が来ることを待ち望み、その小さな兆しをいち早く察知して望みを膨らませる・・・
そのように 厳しいときを耐えて過ごすことが出来れば、きっと味わい深い人となって春を迎えることが出来るのではないでしょうか。
幸い 彪さんの周りには そのような方々が沢山いらっしゃいます。
・・・平成12年2月19日

11.
龍吟雲起(りゅう ぎんずれば くも おこる)
驪龍玩珠 (りりょう たまを もてあそぶ)
西暦2000年 平成12年 辰の年が来ました。 龍と言えばまずこの語が出て来ます。
「龍吟雲起」
この語に始めて触れたのは24年前、徳源禅寺瑞雲軒老大師の書初めでした。
まだ 坐禅をはじめて間の無い彪さんには
  「この語の示すような迫力が身についたらなぁ」
と衝撃的に響いてきたことを覚えています。
そして今年は江松軒老大師が墨跡カレンダーに発表されたものを見せて頂いています。

「驪龍玩珠」
こちらは 優れた禅者の見事な働きを称える時 などに使われています。
想像上の動物とは言え 龍 には如何にも実在しそうな 真実味があります。
普段は深い淵に隠れ棲み・・・
ひとたび 姿を現せば たちまち雲を呼び・・・
ひと声 唸れば雲 渦を巻く・・・
玉 を掴むや 弄ぶこと 真に自在闊達 ・・・・
もう 誰も近寄ることが出来ません。
龍 現れれば雲湧き 雲 湧き上がれば龍躍り出る。
雲と龍 一体となって玉を弄します。
人もそのような働きをしてみたいものですね

「龍吟雲起」「驪龍玩珠」 夢であっても追っかけてみたい夢であります。

・・・平成12年1月2日

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