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10.
入てん垂手
(にってんすいしゅ)
7月に描いたこの絵を見て禅友の公子さんが「入てん垂手の布袋様がすてき!朝顔の蔓が最高!」と評して下さいました。
”入てん垂手”これは禅の修行を10段階に分けて説いた「十牛図」という禅籍にでてきます。
しかも禅を志す者の究極の姿としてその最後十番目に出てくるのです。 まだ 初めの数段目をうろうろしている彪さんの語たることが出来るような言葉ではありません。
しかし字面の紹介だけでもしておこうと思います。

”てん”は街のことだそうです。難しい字です。
ただこの場合 修行の場に対する街といった趣があるので、巷(ちまた)というのが良いかもしれません。
”入てん”とは修行の場を出て街へ 巷間へ 入って行くこと。
そして 手をだら~りと下げてゆったりと歩くのが”垂手”です。

頭は灰を被り、顔は土にまみれ、裸足でのそりのそり、満面に微笑を湛え、時には呵呵大笑・・・・
廻りの人と一緒になって道普請に汗を流して働き、子供達と戯れて、・・・・
厳しい修行の跡など全く見えず、ただ愚のごとく・・・・・・・
接する人に知らず知らずの内に安らぎを与え・・・・・・・

「入てん垂手」 彪さんの永遠のテーマです。

・・・平成11年8月19日

9.
啐啄同時
(そったくどうじ)
数日前から 佐渡のトキ保護センターで人工孵化のニュースが報じられ、
昨日から「嘴打ち」の様子が放映されていました。そしてついに今日雛の姿を見る事が出来ました。
「嘴打ち」・・ それを表す文字があります。「そつ」口偏に卒業の卒の字を書きます。「啐」です。
「啄」は親鳥が外から突付くことだそうです。内から必死で嘴打ちしその頃合を見計らって外から親鳥が啄ばむ、その的確さと親子両方の呼吸がぴったり一致する絶妙の絆を称える・・・・
「啐啄同時」はそんな言葉でしょう。

そしてこの言葉は禅の師弟の機微を表す言葉として用いられています。
自らを見つめ、なんとか眼(まなこ)を開いて安心立命の世界に入りたい・・・必死の修行を続ける弟子。
それを 時には優しく時には厳しく接しながら 機の熟すのを今か今かと見守り続ける師。
やがて 師の弟子に対する扱い方が一段と厳しくなります。
弟子も”ナニクソ”と頑張ります。
・・・・・・
・・・・・
・・・・そして
一夜・・・弟子は師の部屋から万感の思いを抱いて出て来ます。
「啐啄同時」が起こったのです。

・・・平成11年5月21日

8.
桃李不言下自成蹊
(とうりものいわざれども,したおのずからけいをなす)
ひな祭りも過ぎて少し暖かな日が続くようになりました。

桃の花からまず思い起こすのがこの語です。
桃の木の周りには 人々が三々五々訪れて いつしか下に小径が出来てしまいます。
美しい花とおいしい実と、そして なによりもほんわかとした暖かさに惹かれますからね。

人もこう有りたいと思います。最近「徳」という言葉をあまり聞きません。

饒舌に語ることなくとも自然に人人が寄ってくる、そんな方の「徳」を少しでも分けて頂きたいものだと思います。

・・・平成11年3月6日

7.
やっとかめ
(八十日目)
この言葉は 名古屋弁の代表です。尾張地方で普段の会話に良く使われます。「久しぶり」という意味です。
はーとの森で ちょっと挨拶するのに使って見て、もう一度そのもっている暖か味を見直しました。
”八十日”というのが何ともいえず人のこころの機微を突いていて、先人の実に豊かな心くばりを感じます。
「ちょっと、ちょっと、きのうあの人に逢ったんだわ。や~っとかめだったがね。ね~」などと再会した喜びや近況など
、、時には聞きたくないような事もあるけど、、を仲間で話したりします。
でもその話題もやがて消えて行き 二ヶ月半もした頃にはすっかり忘れてしまいます。「人のうわさも
七十五日」です。
”八十日”は すっかり消えたと思われるけれどもどこか隅っこにほんのちょっとだけ残って居る・・そんな微妙な時なのでしょう。
「や~っとかめだなも」「ほんとだがね!
やっとかめ!」と挨拶をして、互いの絆を繋いできた
先人達に心の香りを感じます。
そして、このような言葉が培われるこの地方の文化をふと立ち止まって見直してみたいと思います。
・・・平成10年10月10日

6.
一日不作一日不食
(いちにちなさざれば いちにちくらわず)
今年の春から畑仕事に挑戦しています。と言っても休日菜園です。
そして夕日と涼風の中に身を休めながら働くと言う事を考え、
この語をしみじみと味わっています。昔 中国に百丈(ひゃくじょう)という禅師がおられました。
年老いてもなお若い雲水と一緒に畑仕事や庭掃除をしてみえました。
ある日そんな和尚を労わって和尚が普段使ってみえる道具を雲水が隠してしまいます。
和尚は仕方なく部屋に戻って行かれました。ところが食事時になっても一度も食べに出てお出でになりません。
ついに一日が過ぎました。心配した雲水が問います。

「なぜ食事をなさいませんか?どこかおわるいのですか?」・・・

そのお応えが「一日不作一日不食」です。

土を耕し、苗を植え、肥料をやり、みみずやかえると出くわし、
お日様が西に傾く頃には汗ばんだ顔を心地良くなぜる風を味わいます。
夏になって西瓜や南瓜が獲れました。
普段 現代サラリーマンとして複雑な仕事に翻弄されがちな彪さんにとって
働く事の原点を見つけたような気がします。
こうして原点に返って初めて「一日食らわず」と言う百丈禅師の風光が
見えてきたように思います。

・・・平成10年8月10日

5.
曾慣雪霜苦楊花落也驚
(かってせっそうのくになれてようかのおちるもまたおどろく)
この語(ご)は「折々の言葉」を始める時から必ず何時かは書きたいと思っていました。大変好きな語です。
先日「ハートの森」のなかまの間で
”楽しいと思う事はもちろん、今苦しいと思う事、あるいは今なんとも思ってない事でも思い出の中に残って行くのだ。”
という話が出ました。そして森のあるじ福井直子さんがこうおっしゃいました。
「思い出の分 素敵に歳を取りたい。」
すばらしい言葉だと思います。この言葉を聞いて よし「曾慣雪霜苦・・」を書こうと思いました。

・・・辛い激寒の時を苦るしみながら乗り越えて今はもう春。なのに白いものがちらついてきました。
・・・”また雪か!”と一瞬 辛い想いが心をよぎります。
・・・柳の白い花が風に舞い始めたのでした。
   <柳の白い花>: りゅうじょう(綿毛に包まれた柳の種子)・・雪のように美しく空に舞います。

苦労を乗り越えてきた人はその辛さが大きければ大きいほど多情多感心豊かです。他人の辛さもうれしさも共に分け合って行く事が出来る人でしょう。
悲しみも喜びも辛さも楽しさも豊かに豊かに味わいながら日々を送りたいものです。

・・・平成10年6月23日

4.
以類聚
(るいをもってあつまる)

どうも話題が少なく引込み思案に人見知りと来てなかなか友人の増えない彪さんです。でも最近インターネットを通じて多くの方とお話するようになりました。そしてこの言葉を思い出しています。

よくもまあ似たような人が集まるものだこと!その聚の中のまたなんと居心地のよいこと!
同じような気質、同じような境遇、同じような趣味、同じような悩み、同じような楽しみ、、、
とにかく共通するところがあって一度も逢った事が無いのに旧知のようです。

ところが 世の中 集まるのは善良な聚ればかりではなく、深夜に爆音を響かせて走り回ったり、、時には、
自分を救う事もできていないのに救世主と錯覚してしまって群れてみたり、、もするのです。
結局 自分の類として何を選ぶかが問題で、しっかり自己を見つめて類を決め、そこに根を張って置くことが大切だと思います。

それに 聚れを離れても自在にやって行ける力量を養う事も・・・切磋琢磨しあう居心地のよい聚れはその基盤にもなるでしょう。

・・・平成10年6月5日

3.
挙一明三
(こいちみょうさん)
坐禅を始めて数ヶ月たった頃に知った言葉です。当時 随分 憧れた言葉です。そして今でも憧れています。「挙一明三の僧」(優れた技量を持つ雲水)と言ったように怜悧な人を形容する時に使います。由来は「白い紙の一隅を持ち挙げれば残りの三隅が付いて上がって来て自ずからその全貌が見えてしまう」ことから来ているそうです。”そうか 自動的に付随してくることを前以て知ることが出来れば「挙一明三」なのだ。なんだか彪さんにも出来そうだ” とか
”「一を聞いて十を知る」は なんだか「十倍もの事を明らめるすごい事」の感じがして、とても寄り付きがたいけど・・
それに比べれば自動的にくっ付いて来ることだし、第一たったの三で済むじゃないか”、、などと思ったことでした。「一を聞いて十を知る」も 一の次は二、二の次は三、と十まで読み取るのだ とすれば 彪さんでも経験を積むことによって出来ることが有りそうです。

ところが世の中には途中経過など無しにいきなり十だと言う人や、一二三と辿っていては行き着けない所へ行く人が居たりするのです。

そんな人には「ただただ脱帽」です。

・・・平成10年4月17日

2.
閑中忙
(かんちゅうぼう)
これは数年前に東大寺長老清水公照師の墨跡展で見つけて「ウーン」と唸ってしまった詞です。それまで忙しい毎日の中である程度は忙しく過ごす事を楽しんでいたものの、
どちらかといえば「忙中閑」をむさぼる生活をしていましたから・・・。目から鱗が落ちる思いでした。「さすがだナア こう言う詞が書けるのかア・・・」と思いました。人生を長閑と見て取って始めて出てくる詞のように思います。長閑を承知で忙しく働かずには居られない積極的な生活なのでしょう。いや、忙しく働く事自体がもう長閑なのでしょう。
・・・平成10年4月4日

kannchuu bou


1.
壷中日月長
(こちゅうにちげつながし)
円文寺に行くようになって半年した頃に老師さんから頂いた墨蹟がこの「壷中日月長」でした。
壺中日月長
中国 後漢の時代 薬売りの老人が小さな壷を大切にし人知れず夜な夜な中に入って眠っていたそうです。ついにある人がそれを知り中に入れてもらったところ、それはそれは長閑で美しい仙境であったと言います。世の中の様々な有象無象にぶち当たり内に向かいながらも何か外に向かって突き抜けたかった彪さんにとって非常に示唆に富んだ語(ご)でした。

当時は小さな壷を求めていましたが、今ではこの地球いや宇宙が壷で毎日が長閑であると思えるようになってきました。

そして毎日うとうとと睡っているような生活をしています。それに因んで画廊を「睡仙壷」と名づけました。
平成10年2月22日

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