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はじまり

日曜禅門
かって名古屋市北区の片隅に「円文寺日曜坐禅会」と言う小さな坐禅会が開かれていました。
日曜坐禅会では文集を発行していました。文集は「日曜禅門」と題されていました。
年一回の発行で20号を数えました。
円文寺日曜坐禅会
残念ながら円文寺日曜坐禅会は今はもう開かれていません。
臨済宗妙心寺派の専門道場徳源禅寺の老大師に参禅している居士たちが老大師の指導を得て開単した小さな小さな、しかし凛然とした、坐禅会でした。
リーダーは青山徹道萬拙居士が務めていました。徳源寺松山萬蜜老大師(元妙心寺派管長・・平成15年5月遷化なさいました。)傘下の旧参の居士です。
やがて坐禅会は旧参の居士たちから徐々に新しい人たちと入れ替わり、開単10年を経た頃から、 「徳源寺の層々たる居士の禅会」と言うよりは「禅入門への足掛かりとして静かに坐る会」の趣を持つ様になりました。 時には外国からの参加もありました。
私にはそれも在家禅の望ましい姿のひとつのように思えました。
全国には沢山の立派な禅会があります。円文寺はそのすそ野にある本当に小さな会でしたが、 大きな役目を果していたように思います。「一隅を照らすは国の宝なり」と言います。円文寺はそんな会でした。
その円文寺日曜坐禅会も平成7年10月に萬拙居士を喪って閉単となりました。
彪さんと円文寺
徳源寺直心会(じきしんかい)で坐禅を始めて間も無い私が縁あって円文寺に出かけるようになったのは日曜坐禅会が開単して半年を迎えた頃でした。 旧参の居士たちが醸し出す凛とした空気に親しみたくて毎日曜日に通ったものです。お蔭でよく坐禅に親しむことが出来ました。
でも最後の数年は多忙を良い事に欠席ばかりしていました。せめてもの役割として「日曜禅門」の編集だけはお手伝いしていましたけれど、、、。
そんな関係で 茲にこの「日曜禅門」と言うコーナーを設ける事としました。
別に大上段に構えるつもりはありません。ただ折にふれて思う事、感じる事を記してみようと思います。
・・・・平成10年2月22日

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