15.
水随方円器
(みずは ほうえんのうつわに したがう)
昨年から今年、今年から来年。 彪さんにとって いろいろと変化の多い年です。
殊に仕事の面で 今までにない変化をする必要に迫られています。
未経験の製品との関わりが始まったり、新しい職場に所属を変えながら今まで行ってきた仕事を続けることになったり、相変わらず出張は多いですが 通勤の様子も変わりました。
そんな 変化に順応してやって行かねばなりません。
さて、この語は 特別に説明をすることは無いでしょう。
水は 本当に 自由自在。四角い器には四角くなって、円い器には円くなって入って行きます。
人も 水のような自在さがあれば どのような変化にも対応し順応して行けるのでしょうね。

器が円いのに 三角のままで入ろうとして、ギクシャクしたり、悩んだり、
・・・挙げ句の果てには 世間を騒がせることにまでなって・・・
難しいのは 在るべき姿 を いち早く 読みとってその姿になって行く事でしょうか?
時として ”本来在るべき姿” は変化してしまいます。そして ”今 自分が持っている在るべき形” と食い違いが出来てしまいます。
その食い違いに踊らされてしまうことの無いようにしたいものです。
そんな意味で このごろ つくづく「水のように柔らかい姿で在りたい」と思います。
”有るべき様にある”。 彪さんもしばらく葛藤が続きそうです。

・・・平成13年6月24日
<蛇足>ここに添える画には悩みました。結局この画にしましたが・・・・
この画は 通常 禅の深淵に行き届いた先達たちが その境涯を表現したりする時、
「言葉で言い表すことの出来ない 微妙な事実 真実」
を現したい時、によく描かれます。彪さんには その力量がありません。こんな処で使うのがやっとです。
ところで ある禅の先輩から「彪 お前 この画をなんと読む!」と問いつめられた事がありました。
「これはなぁ こう読むのだ!」・・・こうだ!!
・・・平成13年6月24日