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廬山煙雨淅江潮
(ろざんはえんう,せっこうはうしお)
水墨画教室に通うようになって2年が経ちました。そして平成22年12月初旬、学期末恒例の生徒作品発表の場として第12回日中絵画篆刻展が開かれました。
出品にあたって描いたのが ”廬山淅江図(ろざんせっこうず)”と題したこの画です。
蘇東坡の作と言われる詩を 彪さんのイメージで表してみました。

さて、その詩と言うのは
  廬山烟雨浙江潮  廬山は煙雨、浙江は潮
  未到千般恨不消  未だ到らざれば千般恨み消えず
  到得歸來無別事  到り得、帰り来れば 別事なし。
  廬山烟雨浙江潮  廬山は煙雨、浙江はうしお
         蘇東坡

  『廬山は煙雨・浙江は潮』って天下の奇観として
    良く話に聞くけど
    どんなに素晴らしいところなのだろうか!
    行ってみたいなぁ
  まだ行ったことがないから、行けない悔しさ・・
    思いは消えるどころか募るばかりさ。
  この間、やっと念願が叶って行って来たよ。
    だが、帰って来た今は
    別にどうということもなかったなぁ・・
  どうと言うことはなかったけど・・それでも・・・
    やっぱり・・・
  『廬山は煙雨・浙江は潮』 なのだよなぁ。

というのです。
この詩は 第一句(起)と第四句(結)とが同じ言葉となっていて面白いです。
面白いというのは 同じ言葉であっても
初めの「廬山烟雨浙江潮」 と 最後の「廬山烟雨浙江潮」 とは 全く重さが違うと思うからです。
体得した人の言葉 と 聞きかじりの言葉とは 説得力に大差がありますよね。

そしてこの詩は 良く 禅語として用いられており、

 ”「悟了同未悟」といい 「悟り」とは格別のものがあるわけではなく、悟った後もまだ悟れなかった時と少しも変わったことはない ”

ことを示しているそうです。
となると まだ「自分をなんとかしたい!」とか「早く安堵したい」とか 色々の恨みを持って諦めきれないでいる彪さんにとっては 第三句と第四句は程遠いことです。
画讃には 初めの二句しか書けませんでした。

参照:「廬山:浙江潮

・・・・・・平成23年1月4日