13.
小田井人足、小田井仕事
(おたいにんそく、おたいしごと)
去る9月12日 100年に一度の大雨で名古屋の周辺あちこちで水害が起きました。
丁度マレーシアに出張中だった彪さんは 日本から届いた新聞の写真を見て びっくりしました。
枇杷島の街が車の屋根が沈むほどの水に浸かり、ボートで救援活動をしているのです。
またか!! あの伊勢湾台風の記憶が蘇りました。
丁度大学1年でした。何体もの屍を見ました。地獄でした。
さて、名古屋城 城下町の北の端を西に流れ南に下る庄内川、その北側に枇杷島と並んで小田井という町があります。
この言葉は 枇杷島や小田井の被害を見て思い出しました。
彪さんの畑はその枇杷島の北に位置する田園地帯にあります。そこに住んでいた幼い頃によく耳にしました。
庄内川の北や西の村で 自分を謙遜して 或いは 人を小馬鹿にして
「小田井人足だでいかんわ」
と言うのです。

庄内川は江戸時代にも時々決壊の危険に晒されたようです。周辺の村々では人手を集めて堤防を守ります。勿論 小田井でもです。

しかし、小田井では いよいよ危ない と言う時になって・・ これからしっかり守らなければならない時になって・・・
自らの手で堤防を切らなければなりませんでした。

「御城下を守るために北側の堤を切れ!」尾張藩からの命令です。
”小田井人足” は ”いざと言う時に役に立たない”、”力が無い” という事をょっと皮肉って言っている言葉のようです。

小田井の人はどうしたのでしょうか? すぐに命令に従ったのでしょうか?
・・・いえ、待ったのです。
ぎりぎりまで・・・・
雨が小止みになるのを・・・
川の水位が下がるのを・・・
”小田井仕事” は ”ぐずぐず仕事”、”のろま仕事” なのです。
彪さんも仕事が ”のろま” の方で、よく ぎりぎりまで手をつけないことがあります。でも ”小田井仕事” ではありません。
「御上の言う事はわかるし命令に従わなければならない!・・・しかし 村も守らなければならない! 守りたい!」
そんな 心の葛藤が彪さんには無いのです。 ”単なるのろま”なのです。

・・・平成12年10月26日